一年

東日本大震災発生から丸一年。
これを書いているちょうど一年前は、まさに地震発生直後で何が何だかわからんパニック状態だったはずです。
地震が発生した瞬間は自席でPCに向かって仕事をしている真っ最中でしたが、最初は軽い揺れから始まって「またいつものか・・・」と思っていたらいきなりとんでもない横揺れ。
電気もブツン!と切れて棚からファイルが雪崩の如く降ってきて、必死に机にしがみついた・・・という、何が起きたかは覚えていますが、何をどう考えていたかまでは覚えていません。
とにかく着の身着のままで職場の建屋から必死こいて逃げ出して、集められた広場で寒い思いをしていたと記憶しています。
その間何度も大きい余震で足元を何回揺すられたことか。
2時間近く広場で待機状態。
携帯なんざ全くどこにも繋がらず、ネットも重く。
家族はどうなっているのか、家はどうなっているのか、確認しようにも確認出来ないもどかしさと焦りばかりが出てくる時間でした。
そんな中でブログにとりあえずの無事を知らせる記事が投稿できたのは今思えば奇跡的。

停電状態が回復したのは2日後。
とにかく世間様がどんな状態になっているのか、サッパリわからない状態でとにかく情報収集を・・・とテレビをつけて目の当たりにしたあの津波の映像は衝撃以外の何者でもありませんでした。
入ってきてたメールとかで断片的に「特撮の映像にしか見えない」というのは聞いてましたが、ホントに。
未だに震災時の津波の映像は進んで見る気も起きません。
私も海に面した地域に住んでいますからね(家そのものは山の方ですが)。
しかも職場は割と海に近かったですし。
事と次第によっては津波被害がここにも来ていたのかと思うと背筋がゾッとします。
私の住むH市は港とその脇を通る道路が派手にやられた程度でしたが、今もその道路は派手にうねりまくって通行不能状態。
いつ復旧するんだかわかりません。

ライフライン寸断を経験し、どうにか大事に至ることなくそれらも復旧して職場も元いたところからちょっとした工場現場の建屋を間借りする格好で業務再開、少しずつ元の日常を取り戻せたわけですが。
今も尚、東北の方はそれを取り戻せていない地域もありますし、未だ震度5クラスの地震が収まらずに茨城を中心に起きている状態。
いつまた次なる巨大地震が来るかどうかわからない、そんな中での生活は結構精神的に来るモンです。
ある程度時間が経つと、地震が起きるのはしょうがない、自然災害に拝もうが泣き脅そうが来るもんは来る、せめて何かあっても後悔しないよう備えられるものは備えとこう、と我が家は前向き(?)に受け止められるだけの余裕は出来ては来ましたが。

と、まぁこんなところがちょうど一年経った時点での私の心境。
起きない保証などないとわかっちゃいるけど、もうどこであろうとこんな震災など起きて欲しくないのは偽らざる本音です。



余談になりますが、今朝の「特命戦隊ゴーバスターズ」。
エネトロンが切れて病院がほんのちょっとだけ停電するという描写を見て、震災の時のブツン!という停電音がかなり鮮明に蘇りました。
その後の復旧描写で、同時に電気が復旧した時の安堵感も思い出しましたけどね。
by sonokichi | 2012-03-11 15:41 | 日記

毎日更新する気力を失ったブログ不定期運行中


by そのきち